高野山(金剛峯寺)・飛行三鈷杵(金銅三鈷杵)【重要文化財】

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高野山(金剛峯寺)・飛行三鈷杵(金銅三鈷杵)【重要文化財】

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制作年

  • 不明
  • 推定:790年から800年代(平安時代)
重要文化財指定年月日

  • 1897年(明治30年)12月28日

飛行三鈷杵(金銅三鈷杵)の読み方

高野山の境内には難しい漢字の表記の仏像や堂舎がありますが、飛行三鈷杵は「ひぎょうさんこしょ」と読み、金銅三鈷杵は「こんどうさんこしょ」と読みます。

「飛行三鈷杵」と「金銅三鈷杵」いずれもの呼称も間違いではありませんが、高野山ファンや大師ファンの方なら「飛行三鈷杵」と呼称していただければと思います。

ところで・・飛行三鈷杵とは??

飛行三鈷杵とは、「飛行」と「三鈷杵」とに分けると意味が分かります。

飛行は、普通に飛行機の「飛行」のことで空中を飛ぶことです。

「三鈷杵」とは、別名で「金剛杵」や「伐折羅(ばさら)」とも呼称し、これは「帝釈天が持つ武器」のことです。

帝釈天とは、別名でインドラ神とも呼称し、インドの遥か南の海にある須弥山(しゅみせん)の頂に座する仏であり神です。

須弥山には、帝釈天のお膝元、たくさんの菩薩や仏様が座しています。

飛行三鈷杵(金銅三鈷杵)の歴史・由来

三鈷杵の起源は、チベット仏教(密教)で生まれた法具と云われています。

それが6世紀から7世紀の間(飛鳥時代から奈良時代)に中国から日本へ伝来したと云われております。

日本では、密教の祈祷の1つである「護摩焚き」の時に用いられ、常に持ち歩くのではなく祭壇や須弥壇(しゅみだん=仏壇)に置かれていることが多いです。

飛行三鈷杵(金銅三鈷杵)の造り・特徴

飛行三鈷杵は「金銅三鈷杵」とも呼称するように、金銅製の三鈷杵になります。

つまり、基礎部分は銅製で上から鍍金(金メッキ)でコーティングされています。

しかし密教に伝承される話の中では、「ヴァジュラ」を模して制作されたものが三鈷杵とされており、そのヴァジュラこそが「帝釈天(インドラ神)の武器」になります。

このヴァジュラを別名で「金剛杵(こんごうしょ)」や「伐折羅(ばさら)」とも呼称します。

金剛杵はダイヤモンドよりも硬い「謎の素材」できており、体内の気を高めて自由にコントロールすることが可能になり、法力を扱うことが可能になると云われています。

他にも、雷神でもあるインドラの剣を扱うことから、雷をも自在に操ることができると云われております。

三鈷杵の形状の由来と理由

実は、この三鈷杵の形状には由来や理由があります。

まず、三鈷杵の胴体の中央部には、目の形をした模様があります。

これは大日如来が瞑想する時の目の形状と云われております。

通常、「悟りの境地」とは「果てし無き」とされており、つまりは悟りの境地に至るのは至難の技と云われております。

しかし、三鈷杵の中央部(目)を持つことで、大日如来との一体化が可能になり「悟りの境地」を見ることが可能になり、戸惑うことなく悟りの境地に至るまでの修行に入ることができると云われております。

また胴体部分の先には、鋭利で湾曲した剣先の刃が3つあり、左右との合計で6つあります。

高野山の飛行三鈷杵の刃は3つですが、実は3つとは限らず5つのものや1本の剣のような「独鈷杵」と呼称されるものまで多数あります。

ちなみに帝釈天が持つヴァジュラは1本の剣のような「独鈷杵」の形状となりますが、3つの三鈷杵も5つの三鈷杵も、帝釈天が持つヴァジュラの形状を模したものです。

尚、これら三鈷杵の刃の意味合いとしては「煩悩を砕く」と言う意味合いがあります。

高野山の飛行三鈷杵の由来

高野山の飛行三鈷杵は、なんと!「飛行三鈷杵」と言う呼称で文化財に登録されています。

他の三鈷杵はすべて「金銅三鈷杵」として登録されているにも関わらず、高野山の三鈷杵だけ登録名が違うと言うのには理由があります。

そもそもこの飛行三鈷杵とは大師・空海が遣唐使として中国へ渡った後、日本へ帰国する際に浜辺で投じたことに由来します。

大師・空海は自らの教えを広めるための道場(伽藍)を開くための場所を探していました。

そこで仏様の意見をお聞きたいとの思いで、師である恵果(えか)から授かった三鈷杵を浜辺で東の大空へ向かい投じました。

すると、三鈷杵はそのまま落下せずに大空へ舞い飛び、はるか日本の方角へ飛んでいったそうです。

それから約10年後に、時の天皇(嵯峨天皇)から高野山を賜り、開創(かいそう/=宗派を開く)に至りますが、この時に、ぬぅぁんと!高野山内の松ノ木の枝に自らが投げた、あの三鈷杵が引っかかっていたそうです。

そんな由来から「飛行三鈷杵」と言う呼称が付されています。

文化庁もきっとこの由来を知り、大師・空海への敬意をもって「飛行三鈷杵」として重要文化財に登録したものではないかと考えられます。

現代でも「飛行三鈷杵」が作られている??

実は現代でも、この三鈷杵は制作されており普通に販売されています。

しかし、近世代らしく密教とはまったく関係のない一般の方向けの三鈷杵まで販売されています。

この一般の方向けの三鈷杵は「ペンダント」や「ネックレス」「キーホルダー」がメインとして登場しています。

勿論、一般の方が三鈷杵を買われても問題ありません。

ご興味のある方は是非!現代の三鈷杵を覗いて見てください。

高野山・飛行三鈷杵の安置場所

高野山・飛行三鈷杵は高野山・金剛峯寺に安置されています。

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