高野山・徳川家霊台【重要文化財】【世界遺産】

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高野山・徳川家霊台【重要文化財】【世界遺産】

高野山・徳川家霊台(とくがわけれいだい)

徳川家霊台の読み方

高野山の境内にはいくつか難しい漢字の表記のご本尊や堂舎が存在しますが、徳川家霊台は「とくがわけれいだい」と呼称します。

徳川家霊台の歴史

「徳川家霊台」とは、江戸幕府初代将軍「徳川家康」と「徳川秀忠」を祀る東照宮のことです。

1643年(寛永20年)に徳川幕府3代目将軍「徳川家光」によって造営されました。

元々は、徳川家と関係の深い大徳院の境内にありましたが、大徳院が明治時代の、神仏分離令により、他の寺院と合併したため、霊台だけが残りました。

尚、ここでの大徳院とは「高野山塔頭・蓮花院」を指します。

大徳院とは金剛峯寺の真隣に位置する寺院で1594年(文禄3年)に再び従来の「蓮花院」に名称が戻されています。」

↓高野山・蓮花院の場所

東照宮の造営は、1633年(寛永10年)ごろ着工し、1643年4月17日には落慶法要が行われています。

その後、保全修理が繰り返され、1962年には解体修理されています。

高野山・徳川家霊台の建築様式

1643年、三代将軍家光が建立した江戸時代の代表的な建築物です。

宝形造(ほうぎょうづくり)」のほぼ同じ建物が2つ並んでいます。

向かって右は、「東照宮家康霊舎(おたまや)」で、左は「台徳院秀忠霊舎」です。

高野山・徳川家霊台の建築様式

(一重)宝形造(ほうぎょうづくり)とは?

(一重)宝形造とは、三角型の4枚の屋根を容易して、それを組み合わせて、一重(1枚)の正方形の屋根の形にすることを「一重宝形造り」といいます。(一重)宝形造(ほうぎょうづくり)とは?

高野山・徳川家霊台の大きさは、「奥行:約6.5m(3間)」、「横幅:約6.5m(3間)」の一重宝形造の建家となります。

以前は、境内の東端に、三代将軍以下および御三家の「尊牌堂(そんぱいどう)」がありましたが、1888年(明治21年)に焼失してしまいました。

建物内部は絢爛豪華(けんらんごうか)で、本尊を安置する「須弥壇(しゅみだん)」と仏像や位牌を安置する「厨子(ずし)」があり、他にも「漆(うるし)」、「金箔」、「壁画」で、装飾されています。

徳川家霊台は、1926年4月19日に、国の重要文化財に指定されています。

続く、2004年7月1日にも、世界遺産登録されています。

高野山・徳川家霊台の「電話番号・拝観料金・営業時間(拝観可能時間)・駐車場など」

  • 拝観料:200円
  • 拝観時間:8:30-16:30
  • 駐車場:ありません
  • 電話番号:0736-56-2011

高野山・徳川家霊台までのアクセス・行き方

南海りんかんバス

[ケーブルカー高野山駅前 - 波切不動前(バス所要時間:10分/250円)]

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