壇上伽藍・御影堂(みえどう)

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高野山・御影堂

創建年

不明
推定:818年(弘仁9年)11月〜835年(承和2年)※平安時代

再建年

1847年(弘化4年/江戸時代)

建築様式(造り)

方形造り

大きさ

高さ:約ーm
横幅:約ーm
奥行:約ーm

屋根の造り

檜皮葺き

発願者

弘法大師・空海(創建時)
徳川 斉彊(紀伊徳川家)(再建)

高野山・御影堂の読み方

壇上伽藍の中には読みにくい名前の仏像や堂舎がいくつかありますが、御影堂は「みえどう」と読みます。

御影堂の歴史・役割り

この御影堂は弘法大師・空海の持仏堂(じぶつどう)として創建されたのが始まりです。以後、大師が入定されたのち、大師の十大弟子の1人である「真如親王(しんにょしんのう)」が描いたとされる大師の御影(画像)を奉安したことから、「御影堂」と呼ばれるようになっています。

この真如親王が奉安した画像は現在、堂内の内陣に安置されていることから、一般参拝者は見ることが叶いません。

ただ、年に1回執り行われる「お逮夜(旧・正御影供)」の法会が終了した後のみ、外陣のみ一般参拝が可能です。

なお、現在見ることのできる堂宇は1846年(嘉永元年)に、紀伊徳川家「徳川 斉彊(とくがわ なりかつ)」公が再建したものと伝えられています。


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御影堂のこんな見どころ

防火ドレンチャー

近づいても分かりにくいのですが、この御影堂の周囲の地面には「防火ドレンチャー」が仕込まれています。

これは万が一の火災のときに屋根の上から瞬時に水を浴びせることができるようになっています。

つまり、火事になれば熱センサーが反応して、地面の中に埋め込まれたドレンチャーから一斉に水が噴射して、屋根の上まで優に届くほどの水を屋根の上から大量に浴びせて、半ば力押しで鎮火するといったことです。

ライトアップ

壇上伽藍は夕暮れが過ぎた頃、境内の定められた場所でライトアップされます。

その際、この大会堂もライトアップされます。大会堂は堂舎の周囲に吊り燈籠が設置されていることからライトアップ時は、これらの燈籠が一斉に点灯され、幻想的な光景をお目にかけることができます。

もし高野山内に夕暮れ以降も滞在できるのであれば是非!壇上伽藍のライトアップもご覧になってください。

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