高野山・奥の院「嘗試地蔵(味見地蔵/あじみじぞう)」

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高野山・奥の院「嘗試地蔵(味見地蔵/あじみじぞう)」

味見地蔵(嘗試地蔵)の読み方

少し変わった名前のお地蔵さんになりますが、味見地蔵(嘗試地蔵)は「あじみじぞう」と読みます。

「嘗試地蔵」の名前の意味

嘗試地蔵の「嘗」は書き慣れない漢字ですが、「あじ」「しょう」「じょう」「じゃう」と読みます。さらに漢字が持つ意味合いは「味をみる」「なめる」「こころみる」「ためす」などの意味合いを持ちます。

「試」は「こころみる」「ためす」の意味合いを持ち、これをうまく組み合わせれば『味を確かめるお地蔵様」というような意味合いになります。

さらに「嘗試」で調べてみると「なめて食物の味をたしかめる」と記載されており、やはり同様の意味合いを持つことが分かります。

嘗試地蔵とは?「嘗試地蔵の役割り」

高野山奥の院では、「入定留身信仰(にゅうじょうるしん)」と言う信仰が現在も息づいており、実はこれこそが大師・空海が編み出した究極の密教の奥義になります。

大師は「人は生きながらにして仏なれる」という見解を唱え、その身(肉体)を現世に留めたまま、未だ御廟にて修行を続けていると云われ、弥勒菩薩が56億7000万年後に降臨するまでの間、大師が仏となってこの世を見守り続けてくださるという信仰です。

すなわち、大師は平安時代にお生まれになった方ですが、未だ奥の院にて修行中とのことから、高野山では大師が生きていると捉えており、毎日早朝6時とお昼前の午前10時30分に料理を届けています。

この料理は「生身供(しょうじんく)」と呼称され、料理を届ける際、まずはこの嘗試地蔵へ立ち寄り、お毒味を嘗試地蔵へお願いしてから大師が座する御廟へ届けられます。具体的には嘗試地蔵の前でお毒味の儀式が執り行われ、儀式が終了したのち、御廟まで運ばれます。

御廟に到着してからも、さらに経が唱えられるなどの儀式が1200年以上、毎日、欠かさず執り行われています。

生身供の時間(1日2回)

  • 毎朝6時
  • 午前10時30分
生身供のメニュー

  • 精進料理(朝食:ご飯1汁2菜、昼食:ご飯・1汁3菜・デザート)
  • パスタ※時折
  • 揚げ物※時折
  • 果物
  • コーヒー..etc

正月には、おせち料理が運ばれたり、大師が入定された日には衣服も届けられます。また、燈籠堂内でも生身供の儀式が執り行われており、この儀式は上記の時間に一般参詣者も見学することが可能です。


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「嘗試地蔵」の歴史「いつからこの場所にいる?」

かつて現在の嘗試地蔵尊には、「御厨明神(みくりやみょうじん)」と呼ばれる神様が祀られていたそうです。

御厨明神の”厨”とは厨房を意味し、すなわち「料理場所」という意味合いになります。さらにこれに”御”が付くと「神様への食事を供する場所」となり、これはすなわち神様への神饌(しんせん)いわゆる御供を捧げる場所という解釈になります。

御厨明神は神様ですが、神仏習合時代、仏様に例える(本地仏)と「愛染明王(あいぜんみょうおう)」だったそうです。愛染明王といえば大師・空海が中国・唐から持ち帰って日本で広めた仏様として有名です。

この御厨明神は大師の2人の弟子である「愛慢」「愛語」が祀ったとされ、しばらく大師の生身供はこの2人がお世話をしていたようですが、やがてこの2人が没すると、2人の功績を讃えて御霊を御厨明神と合祀して現在の「嘗試地蔵」としてお祀りしたとのことです。

だとすればこの嘗試地蔵は平安時代からこの場所で祀られていたことになります。

「嘗試地蔵」の場所(地図)

嘗試地蔵は奥の院「御供所」の隣にあります。生身供の儀式が行われるとはいえ、あくまで地蔵尊なので小さなお堂です。

嘗試地蔵(奥の院)までのアクセス(行き方)

  • 最寄りバス停:奥の院前バス停(中の橋入口前)

奥の院前バス停から徒歩約15分、距離約1㎞

奥の院御供所までの道中には、たくさんのお墓があります。これらのお墓の中には有名企業のお墓や戦国武将のお墓、著名人のお墓があります。

ぜひ立ち寄って参拝してみてください。

奥の院のお墓に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しています。

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