高野山(金剛峯寺)「聾瞽指帰(ろうこしいき)」【国宝】

スポンサードリンク

高野山(金剛峯寺)「聾瞽指帰(ろうこしいき)」【国宝】

制作年

797年(延暦16年/平安時代前期)

巻数

全2巻

紙数(接ぎ合わせた紙の枚数)

巻上:18紙
巻下:21紙

大きさ(サイズ)

巻上:10.11m(巻物を広げた時の長さ)/タテの長さ:28.3cm 
巻下:11.76m(巻物を広げた時の長さ)/タテの長さ:28.3cm 

国宝指定年月日

1963年(昭和38年)7月1日

作者

弘法大師・空海

収蔵場所

高野山・霊宝館

聾瞽指帰の読み方

高野山内には難しい漢字の羅列で読みにくい名前の堂舎や仏像がありますが、「聾瞽指帰」は「ろうこしいき」と読みます。

「聾瞽指帰」の言葉の意味とは?

「聾」は「ろう」と読む以外にも「つんぼ」とも読めます。「つんぼ」とは耳が聞こえない聴力を失ったことを意味します。「聾者(ろうしゃ)」とは、耳が聞こえない人のことを指します。お前つんぼか? おお、そうじゃコラ

「瞽」は「めくら」と読みますが、上記、「聾」と類似していますが「瞽」は「お目目(眼)」が見えない人、いわゆる視覚を失っていることを意味します。「瞽者(こしゃ)」とは目が見えない人のことを指します。お前めくらか? 違ぅ わしはクラゲじゃ ..。…。….。ふぅ

しかし、聾瞽指帰は弘法大師・空海が著した本なので仏教と関係のある本になります。したがってここの場合の「聾」と「瞽」は合わせて「聾瞽」とすることで、『仏法に暗い(疎い)』を意味します。

さて、残った『指帰』ですが、これは『従うべき規律』などの意味合いがあります。

以上、これらを合わせると、『この書物は仏法に暗い者ほど従うべき規律となる書物である』というように解釈されます。

聾瞽指帰とは?

「聾瞽指帰」とは、のちに空海が著することになる「三教指帰(さんごうしいき)」の草稿本いわゆる下書き(原稿)を綴った書物のことです。

「三教指帰」とは、上述したように「仏法に疎い者こそ是非!この書物に目を通すように!」などといった大師の思いが込められた書物です。

内容に関しては後述していますが、中国発祥の思想である「道教」と「儒教」のそれぞれの専門家と仏法を学んでいる年若い修行僧との舞台ゼリフのような対話形式でストーリーが展開されていくような内容の書物です。現在でたとえればドラマの台本みたいなイメージです。

日本密教の創始者であり、天才と謳われた弘法大師・空海が、まさかこのような書物を残しているとは夢にも思わないハズです。

しかし、このようにして現存しているのが、まさに奇跡であり、知られざる空海の裏の顔が見れる数少ない貴重な文献でもあります。ウフ

「聾瞽指帰」に書かれていること(内容)の意味とは?

聾瞽指帰(のちの「三教指帰」)には、まず、以下のような4人の主人公と脇役1人が存在します。

聾瞽指帰の登場人物

亀毛先生(きもうせんせい)=儒家(儒教の専門家)
虚亡隠士(きょぶいんじ)=道家(道教の専門家)
仮名乞児(かめいこつじ)=青年修行僧(若き日の空海とされる)
蛭牙公子(しつがこうし)=屋敷の主人の甥で遊び人

兎角公(とかくこう)=屋敷の主人※脇役

※これらの登場人物は書物の冒頭にも書かれています。

オープニング

まず、冒頭で「兎角公」という然る屋敷の主人と、その甥の筋金入りの遊び人「蛭牙公子」が登場し、兎角公が儒家で著名な「亀毛先生」が兎角公の屋敷に訪れるというオープニングから「聾瞽指帰」という壮大な物語が始まる。

亀毛先生の講義

舞台の幕が上がると(仮定)屋敷の主人兎角公は、甥っ子で、もぅワテの力ではどないしょもアラへん・・ような遊び人の蛭牙公子を亀毛先生に儒教のすばらしさを諭して改心させて欲しいと告げる。それを引き受けた亀毛先生は人としての生き方やその生き方によってこんな将来が待ち受けているなどの話をペチャリ クチャリ クチャラと話し、その話にスッカリと魅了された蛭牙公子は儒家になることを半ば誓う。

虚亡隠士の登場

ところが今度は道家の著名な専門家「虚亡隠士」が現れ、虚亡隠士の話の内容にスッカリ魅入ってしまった兎角公、蛭牙公子、亀毛先生の3人は儒教よりも道教の方が優れていることに気づく。

そこでさらに蛭牙公子は迷うのですが、結局、道教への入信に傾向してしまう。

仮名乞児の登場

しかし!蛭牙公子が道教へ入信しかけた絶妙なタイミングで、今度は青年修行僧の「仮名乞児」が登場し、儒教と道教よりも「仏教」がいかに優れているのかを諭します。

仮名乞児が講じる内容には筋が通り、その上、あまりにも流麗な口調でペチャリ クチャリ クチャラ〜・・ペチャリっ!ペロっ・・と、話すものですから亀毛先生と虚亡隠士もそれ以上、口を開けない状態になります。”ペロっ”はいらん

そしてダメ押しのゴールとして、「生死海(しょうじかい)の賦」と「大菩提(だいぼだい)の果」の話を論じ、これで完全に決まったぁゴール状態となり、蛭牙公子は入信100パー確定、亀仙人と・・おっと、亀毛先生!!と虚亡隠士の2人も仏教への入信に半ば傾向するという物語です。チャンチャン….やっとか

エンディング

最後に仮名乞児は、三教(儒教、道教、仏教)をまとめた「十韻(じゅういん/=10巻にまとめた)の詩」を作成し、舞台の幕が降りてくる〜・・といった物語になります。


スポンサードリンク -Sponsored Link-






「聾瞽指帰」から「三教指帰」へとタイトルが改められる

この物語は、最後の「十韻(じゅういん/=10巻にまとめた)の詩」の内容がそのままタイトルとなり、題して「三教指帰」という名前のタイトルに改められます。

さらに内容も一部を改訂され、およそ824年から834年(平安時代)に正式版として編纂されて朝廷に献上されることになるのです。

「聾瞽指帰」と「三教指帰」の作者は誰?

冒頭で記載しとるから分かっとるわぃ!と、思った方も多いと思いますが、作者はモチのロン!弘法大師・空海その人です!

ただし、三教指帰は聾瞽指帰の改訂版となりますが、注目すべきは三教指帰の発行された年が聾瞽指帰が著された年から実に約32年後だと言う点です。

人間、32年も経てば考えも変わります。行動も変わります。よって、三教指帰では32年間の大師の考えや思想が新たにミックスされているので、1巻増えて3巻構成で編纂され、若干、聾瞽指帰とは内容が異なってくる部分も見られるようです。

最後にそれぞれの書物が書かれた時の大師・空海の年齢をまとめておくと以下のようになります。

  • 聾瞽指帰=大師が24歳の時
  • 三教指帰=大師が50歳代の時(※詳しい歳は不明)

ちなみに聾瞽指帰は「空海の出家宣言を誓った書」とも解されるようですが、それはこれまでの内容で理解できます。

聾瞽指帰が国宝指定を受ける理由

 『古い時代の書物だから』

これまでで述べたように、聾瞽指帰は平安時代に著された書物であり、「ほぼ完存状態にある」という点が高く評価されています。

 『天才・空海の人物像を垣間見れる貴重な書物だから』

歴史上での空海は神童であり、終生の天才と謳われましたが、はたして空海という人物が本当に実在したのか?ということが疑問に問われるものです。たとえば、空海が中国唐から持ち帰ったものとして、仏像や書物、経典、法具などが現存していますが、これらは空海が実在した証拠に直結するような品々とは言い難いものがあります。

しかし本書物はその内容からしても明らかに空海直筆と見られる書物であり、それだけでもとんでもない値打ちが宿る、まさに国宝級のお宝だということです。

 『日本における宗教学の先駆けとなる貴重な文献』

本書物は、密教の第一人者である空海が当時、もて囃されていた儒教ならびに道教を、空海自身が仏教と比較してその回答をしたためているという点が着目されます。

これは日本における宗教学の起源を知る上では、極めて貴重な書物となるものです。

「弘法も筆の誤り」は迷信?聾瞽指帰には間違い1つもない!

弘法大師・空海は神童とされ、稀代の天才とも謳われ、それを証明するかのように、なんと!長さが10メートル近くもあるにも関わらず、この「聾瞽指帰」には誤字脱字などの間違い1つなく、さらにその字体も終始、力強さが込められた乱れのない字体がうかがえます。

ただ、大師を有名にしたこんなコトワザもあります。

弘法も筆の誤り』。

この言葉の由来というのも、なんでも平安京(京都御所)の大内裏にかつて存在した「應天門(応天門/おうてんもん)」の扁額を天皇から書くように勅命を受けた際、門に飾られた後で「應」の字の最初に書く「点」が抜けていたようで、その書き忘れをゴマかすために大師は、「筆」を扁額に投げつけて点を打ったという故事になぞらえたものだそうです。

しかし、この聾瞽指帰を見る限りでは、本当に点を書き忘れていたのかが疑問に思えるほどです。

きっと、後世にて「道化を演じた空海」として、面白おかしく捏造されたフィクションだと思えてなりません。

聾瞽指帰が収蔵されている場所

聾瞽指帰は元来、金剛峯寺に所蔵されていましたが、現在は高野山霊宝館に収蔵されています。

霊宝館の通常入場料金

高野山霊宝館は高野山内のお宝(宝物)を集めて展示している博物館のような建物になりますので、それなりの見物料金が必要になります。

  • 一般:600円
  • 高校・大学生:350円
  • 小・中学生:250円

※学生は学生証の提示が必要

営業時間(開館時間)

11月から4月:午前8時30分から午後17時まで
それ以外の時期:午前8時30分から午後17時30分まで

※最終入館時間は閉館時間の30分前まで

定休日

年末年始のみ

高野山霊宝館への行き方

  • 霊宝館の最寄りバス停:南海りんかんバス「霊宝館前バス停

壇上伽藍(中門)から霊宝館まで「徒歩」での所要時間・距離

所要時間:約4分
距離:約300m

金剛峯寺から霊宝館まで「徒歩」での所要時間・距離

所要時間:約6分
距離:約500m

高野山霊宝館の問い合わせ先

住所:〒648-0211和歌山県伊都郡高野町高野山306
電話番号:0736-56-2029

終わりに・・

現在の高野山霊宝館には他にもお宝(宝物)がたくさん収蔵されているため、不定期で出陳される展示物が変更されます。したがって毎度、この聾瞽指帰が出陳されているわけではありませんのでご留意のほどを。オホ

どうしても聾瞽指帰を見たい方は高野山霊宝館へ直接問い合わせて、出陳される日を聞いてみてください。

スポンサードリンク -Sponsored Link-


    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ