高野山・南院「波切不動尊と木造不動明王像(重要文化財)」

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高野山・南院「波切り不動尊と木造不動明王像(重要文化財)」

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高野山・南院「波切不動尊」の読み方

高野山には、難しい漢字で記載された読むのが難しい仏像やお堂がありますが、「波切不動尊」は「なみきりふどうそん」と読み、「南院」は「なんいん」と読みます。

ところで・・「波切不動尊」とは?

「波切り不動の名前の由来」

波切不動尊とは、大師・空海が中国・唐からの帰りの船の中で無事に日本に付けるように師である恵果(けいか)から授かった「赤栴檀(しゃくせんだん)」という霊木を使って造立した不動明王のことです。

彫り終えた後、不動明王を船首(船の先の部位)に据え、船は荒波を切るように進み、無事に日本に辿り着いたことから「波切」の名前が付されています。

波切り不動尊(南院)の御本尊「木造不動明王立像」【重要文化財】

造立年

  • 不明
  • 推定806年(大同元年)※平安時代初期
重要文化財指定年月日

  • 1908年(明治41年)1月10日
材質

赤栴檀

作者

弘法大師・空海

 

南院の御本尊「木造不動明王立像」の特徴

大師が造立したと云われる不動明王は木造でありながら、一見すると銅像のような容姿に仕上がっています。体型は丸みを帯びた童子体型をしており、これは不動明王像の大きな特徴でもあります。

1000年以上も時を経ても、信じられないほどの姿を留めており、劣化や損失が見られないことからかなり貴重な不動明王像と言えます。

現在にまで語り継がれる記録によれば、不動明王が日本に伝来したのが平安時代初期であり、大師・空海が日本へ伝えたと記されていることから、つまりはこの不動明王がおそらく日本へ伝来した第一号の不動明王像と言うことになります。

また、この南院の波切不動尊は日本全国にいくつか存在する波切不動尊の総本山になりますので、つまりは日本全国の波切不動尊の御本尊でもあります。

持物の「剣」と「羂索」

南院の波切り不動明王さんは、姿形は不動明王そのもので右手には「智慧の剣」という剣を持ち、左手には「慈愛の念」がこもった「羂索(けんさく)=手縄」を持っています。

智慧の剣で煩悩を切り祓い、慈愛の念がこもった羂索を用いて煩悩に支配された人々を救済します。

光背(後ろの輪っか)

波切り不動明王さんの光背は「炎の形状」になっていますが、これは降魔を降伏ための怒りの炎を表現しています。この怒りの炎によってすべての悪行や厄災の根源を燃やし尽くします。

なお、この南院のお不動さんだけに限らず、不動明王はすべて背中に炎を背負っていますが、これは慈悲の度合いを示したものでもあります。たとえ大悪人でも真摯に祈りを捧げる者あらば、そのいっさいを漏らすことなく救済してくださいます。

その果てなき慈悲深さ故、諸悪の根源に対して怒るのです。

頭の髪型と衣

髪型や着用している衣は奴婢(ぬひ)を表現した姿とされています。これは仏教の中の教えての1つである「下座行(げざぎょう)」を表現したものです。

下座行とは、現在の身分よりも、敢えて下の身分に成り下がり、その境遇にて自らを鍛える修練の1つです。

青色をした肌の色の意味

南院の波切り不動明王さんは青色をしていますが、この意味は汗と脂(あぶら)にまみれていることを表現しているとされ、これは誰かのために汗水垂らして懸命に尽くすことを意味しています。

えぇっ?!この不動明王像は過去に幾度も持ち主が変わっていた?!

実はこの不動明王像は当初から高野山になかったと云われています。

まず「神護寺(京都市右京区高雄)」に安置され、→次いで醍醐寺(京都市伏見区)に遷され、→今度はなんと!熱田神宮(熱田神宮にはかつて”神宮寺”と呼ばれる寺院があった)に遷されたと云われています。

その後、ようやく高野山内に持ち込まれ、まずは高野山全体の守護神として、壇上伽藍・山王院に安置され→最後にこの南院に遷されて現在に至ります。

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南院「波切り不動明王」の特別一般公開日はいつなのか?

高野山・南院の不動明王像は国の重要文化財指定を受けているほどの仏像です。本像は山外不出の秘仏のため、普段は見ることが叶いませんが、例年6月8日の特別に一般公開されます。

南院の波切不動尊(不動明王像)は実は高野山最大のパワースポットだった?!

実はこの不動明王像には摩訶不思議でとても信じられない謂れが伝えられていますが、その「謂れ」と言うのが、過去に幾つもの動乱を鎮めたとう伝説です。

例えば熱田神宮(神宮寺)へ遷された後は、「平将門の乱を鎮めた」と云われ、また鎌倉時代中頃の元寇の折には、「元寇を退けた」とも云われています。

このように霊験が明らかであったことから、江戸時代や近代に至るまで日本全国各地へ繰り出されて、都度、動乱を鎮めてきたそうです。そんなことから現在に至っても『日本国内でもっとも霊験あらたかな仏像』と伝えられています。


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波切り不動尊(南院)の歴史

高野山の南院は、東大寺・南院(現在は廃院)に所属していた「真興(しんぎょう)」が創建したと伝えられ、現在に至っても護摩修行の道場として存立しています。

また、この南院は寺院でありながら、宿坊と言う側面も併せもっています。6000坪と言う規模の敷地面積をほこり、境内には庭園が3つもあります。

さらに境内の神聖さや荘厳さを物語るかのように、裏庭には樹齢約300年と言う「もくれん科」の「朴(ほう)」と呼称される巨木が自生しています。

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波切り不動尊(南院)の見どころ

波切り不動尊本堂・天井画「鳴き龍」

浪切不動尊・本堂拝殿の平天井には「鳴き龍」と呼称される「龍」の絵が描かれています。

鳴き龍はこの波切り不動尊特有のものではなく、他に鳴き龍で有名なロケーションとして、日光東照宮(日光山輪王寺)薬師堂(本地堂)の「狩野永真安信(かのう えいしん やすのぶ)」作の「鳴龍」が代表格に挙げられますが、この波切不動尊の鳴き龍も東照宮の鳴き龍と類似した意匠で天井いっぱいに描かれています。

波切り不動尊の鳴き龍は、日本画の巨匠として知られる「堂本印象(どうもといんしょう)」作になります。堂本印象といえば同じ高野山内の壇上伽藍・根本大塔の壁画を手がけた人物としても有名です。

「鳴き龍」の呼称の由来として、鳴き龍の下で柏手(かしわで/=拍手)して音を出すと天井と床に音が反響して、まるで天井の龍が鳴いているような声が聞こえると云われるものです。(鈴を鳴らしたときの音とも)

波切り不動尊の御朱印

通常の御朱印

この南院にもオリジナルの御朱印が存在します。中央に大きく「浪切不動」と墨書きされています。

こちらの御朱印はすでに書かれた1枚書きでも授与できます。(300円)

近畿三十六不動尊霊場・第36番の御朱印

「近畿三十六不動尊霊場」とは、1979年(昭和54年)に「古寺顕彰会」により選定された近畿地方の主な「お不動さん」を祀る霊場のことです。

近畿三十六不動尊霊場は宗派の枠に囚われずに選定されており、兵庫県・大阪府・京都府・滋賀県・奈良県・和歌山県の主なお不動さん(不動明王)を祀った寺院を選定しています。

  • 御朱印の値段:300円
  • 御朱印の授与場所:南院・本堂の外陣

授与所では御朱印の他、お守りやお札の授与、護摩祈祷の受付もされています。

波切り不動尊(南院)の「宗派・山号・別称」など

  • 宗派:高野山真言宗
  • 御本尊:浪切不動明王
  • 山号:高野山
  • 院号:南院
  • 別称:浪切不動尊

南院の御詠歌

ありがたや 生死苦海(しょうじくかい)の 浪風(なみかぜ)を 切りはらいたもう 智慧の御剣(ちえのみつるぎ)」と墨書きされた御詠歌になります。

高野山・南院の行事

節分祈願会

1月28日〜2月4日

春季紫灯大護摩供

5月8日

山王院夏季祈願会

旧暦5月1日〜2日

本尊講(御開帳)

6月28日秋季紫灯大護摩供:10月8日

高野山・南院の場所(住所)・連絡先など

住所:和歌山県伊都郡高野町高野山680番地
電話番号:0736-56-2534

URL:高野山南院(波切不動尊)

高野山・南院の宿坊について

南院境内の構成

  • 南院・宿坊(本坊)
  • 南院・本堂

南院は波切り不動さんが祀られている本堂と宿坊に分かれています。本堂の敷地よりも宿坊の方が圧倒的に面積があります。

営業時間

チェックイン:午後3時~
チェックアウト:午前10時まで

年末年始は法要のため、基本宿泊不可(要問い合わせ)

宿泊料金

一泊二食付きプラン
  • 9,500円~13,000円

昼食(精進料理のみ)は別途:1,000円~5,000円※税込

部屋数・駐車場・設備など

部屋数:壁仕切り個室(12室)、ふすま仕切り個室(10室)、大広間(1室)、中広間(1室)
収容人員:個人約70名・団体約100名
駐車場:バス5台・乗用車20台
設備:本堂・庭園・茶室・洋式トイレ

宿泊対象者

個人・団体(参拝・観光・研修も利用可能)

宿坊できる事

回向・祈願:先祖供養・納骨・諸祈願
体験:写経(要予約)

大浴場

南院には樹齢約500年の高野槇(こうやまき)で作られた大浴場が設置されています。ツーンと鼻につく香りと熱い湯で心と身体で堪能できます。

その他の高野山内の宿坊に関しての詳細は以下の別ページをご参照ください。

 関連記事:高野山 宿坊 一覧

高野山・南院(波切不動尊)の場所とアクセス(行き方)

場所(地図)

南院(波切不動尊)は徳川家霊台の真隣に位置しますが、霊台がある位置からすれば前方にあります。

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  • 金剛峯寺から徒歩での所要時間:約6分
  • 金剛峯寺からの距離:約450m
徳川家霊台からの徒歩での所要時間・距離

  • 徳川家霊台から徒歩での所要時間:約30秒
  • 徳川家霊台からの距離:約50m

「ケーブルカー高野山駅」から南院(波切不動尊)へのアクセス(行き方)

「ケーブルカー高野山駅」から「南海りんかんバス・奥野院行き」へ乗車(バス所要時間:約8分)後、「浪切不動前バス停」で下車、徒歩スグ。

高野山内のアクセス方法に関しては以下の別ページにてご紹介しています。

 関連記事:「南海バス」で高野山内を観光!「高野山駅・金剛峯寺・奥の院・大門など)へのアクセス・所要時間・運賃など【早見表】

高野山駅から南院へ参拝されるのであれば、途中に女人堂がありますので、女人堂へ参拝してから訪れることをオススメしておきます。女人堂から南院までは徒歩約7分の距離です。

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